終礼・朝礼で言ったことの最近のブログ記事

退職の挨拶「会社で働くということ」

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去年の年末からそれらしいことをこのブログに書き始めて、退職すんのにいつまでかかってんだよって話ですけどもw

最終出勤日に部下への挨拶というか激励の言葉を送ったので記録しておきます。
(考えながら喋った内容なので、実際よりも体裁整えた文章にしてますが)
ただの記録なので特にオチはありません。


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僕はみんなにとって、きっと厳しい上司だったと思います。
今日の話は、厳しい話もこれで最後だと思って聞いてください。
最後までお説教かよ、と思われるかもしれませんが(笑)


十数年のあいだ、この会社に勤めてきた僕が、会社から教えてもらった大切なことがあります。
僕の退職にあたり、僕がこの会社で仕事しながら学んだ素晴らしいことを、改めて皆に伝えたいと思います。

サラリーマンをしていると、いろいろな人と仕事をすることになります。
会社というのは不思議なもので、仲の良い友達でもなければ、親族でもない、年齢の離れた人や、育った環境の違う人、いろいろな人たちと一緒に仕事をすることになります。

そういった友達でもなければ仲良しでもないような人たちと同じゴールを目指したり、全員で同じ問題に取り組んだりするのが「会社」というところだと思います。少なくとも僕たちの会社はそういうところです。


仲良しでもない人たちが集まって同じモノを目指すのは、とても大変なことなので、ついつい気が緩むと仲の良くできそうな人たちだけで固まりたくなったり、仲良しだけで和気藹々と仕事をすることを望んでしまいがちですが、僕たちの会社の良さというのは、そことは逆のところにあります。

自分より仕事ができない先輩がいたり、無能な管理職がいたりするのが世の中だし、それはある程度は仕方のないことなのですが、「仲良しで集まって仕事がしたい」ということを望むと、そういった人たちと仕事をしなくてはならなくなったときにストレスが積るばかりです。そして、自分が人の足を引っ張ってしまうことがあれば、残念ながら自分がみんなのストレス源になることもあるかもしれません。

だけれど、ちゃんと丁寧に、みんなが同じ方向性を目指して進んでいくことができれば、仮に、自分より仕事ができない先輩や同僚がいても、無能な管理職が上司でも、そのひとたちは「足をひっぱる邪魔者」ではなく「励ますべき相手」であり、そのひとが起こすトラブルも「みんなでフォローすべき事象」でしかなくなるはずです。

みんなもわかっていると思いますが、そういった状態というのは「チームで一丸になる」とかチャチな言葉では表現できない、精神論ではない実務と努力の積み上げがあってこそ実現するものです。

そうやって、これからまた新しいチームをちゃんと作っていってください。
チームというのは、ただ何人か人が寄り集まった集団のことではありません。
集団としての意志をもって初めてチームと呼べるものになります。



この話は、ストーリーや手法を変えて、何十回、何百回となくみんなに伝えてきた話です。だから、人によっては「またフジイが同じこと言ってる」と思うかもしれません。

そうやって、僕は大切なことみんなに何度も何度も伝えてきたわけですが、「また同じことを言っている」と思ってくれるのであれば、それはもう自分のものになっていて、僕が言われなくてもわかっているということだと思います。

優秀な部下たちと仕事をできたことを喜ばしく思いますし、僕の誇りです。
僕のような厳しい上司と一緒に仕事をしてくれて、本当にありがとう。


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みんな達者でな!






クレーム対応は「まず謝る」が、まず誤り(韻を踏んでみた)

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タイトルは韻を踏んでみたかっただけです、ごめんなさい。


企業法務マンサバイバルというブログの「法務マンが教える安全なお詫び状の書き方」っていう素晴らしい記事を拝見しました。
思わず反応して僕もブログ書きます。



BtoBの法務をやっている間は滅多に無かったのに、BtoCの会社に転職してドッと増えたのが、お客様に対するお詫び状を作成・レビューする量。
 (略)
お詫び状というのは、まだ紛争状態にない相手に提示する契約書と違って、すでに怒らせている相手に出す文書なわけですから、実は最も緊張度の高い法律文書だったりします。それだけに、慣れない人が書こうとすると
「お詫びすると否を認めたことになって損害賠償とか要求されるから、たぶん『申し訳ございません』って書いちゃいけないんだよな・・・」
などと悩み出し、お詫び状なのにお詫びの言葉が全く入っていない意味不明な文書ができあがったり(笑)。



僕は(法務部門じゃないですけども)このテの書面やメール・対応方針のチェックとかやってるんですけども、やっぱり、こういう風な誤解を聞いたりします。謝ったらダメ、みたいな。

引用元の記事では、法務の視点として「お詫びしない方が良いポイント」を書かれているのですが、「争いになった時に勝つための条件」ではなく、ちゃんと「お客様対応のあるべき姿」として書かれていて、とても正しく、納得の内容なのです。


何について謝っているのかを分析せず、中途半端に謝るだけ謝ってみたり、できもしない再発防止策を口だけで述べたり、逆に原因分析もろくにせずに結果的に何に対しても謝っていないニセのお詫び状を書いたのでは、お客様にも見透かされ、かえって怒りを増長するだけです。

仰る通りですなあ。
大切なのは『何が問題か』を、ちゃんと理解しているかどうか。



ここらへんから話は少しだけズレますが、割とよく『クレーム対応は、まず謝る』って言われてるじゃないですか。
検索でも、そんな文書が大量に見つかりますし、マニュアルや書籍にも書かれていることが多いようです。


でも、それ誤りですから。
上記の引用のように、「企業法務マンサバイバル」でも"何に謝っているのか"が大切って書かれていますよね。
 
って、そんな風に書くと 「お客様には、まず謝らないと怒りが収まらないじゃないか!」って声が聞こえてきそうですが、謝罪をするなって言っているわけではないので誤解なきよう。
お客様に『キミは何に謝ってるの?説明してみて』って言われたことあります?
『「まず」謝る』って教えている方は、それに答えられないでしょうって話ですよ。
 

 
問題は「何に謝罪しているか」なんだよ。

『「まずは」お詫び』とか言ってるのは、『自分でも何にお詫びしてるかわからないけど、とりあえず詫びの気持ちがあるところを見せよう』って言っているのに等しいわけですよ。
何に対して謝っているわけでもなく、ただ怒っている相手を静めたいという、超自分本位でカタチだけ、上っ面だけの、行動。
まさに「クレーム対応」ではなく「クレーム処理」の一例と言えるでしょう。

何に謝っているわけでもない人の「お詫びの気持ちがありますアピール」なんてバカにしてるとしか思えない。

ホントこれ完全にお客様をバカにした行為なんだけど、やっている人たちはそれに気づいていないことが多いんだよな。
だから、『「まず」お詫び』なんてことを軽々しく教えたりする。「どんな姿勢をもって、何に対して、どのようにお詫びするか」ちゃんと教えずにそんなことを言うなっての。


そんな薄っぺらいお詫びでも、僕の経験からすると10人に9人くらいは、お詫びとして受け止めてくださるから、「まずお詫び、で上手くいった」って思っちゃう人が出るんだろうけども、薄っぺらい姿勢を見透かして『それ、何に対して悪いと思って謝ってるの?』って質問されるお客様もいるってことをお忘れなく。
そして、お客様をより怒らせてしまったとき、『「まず」お詫び』とか自分本位なことを言っている人たちは、自分たちで火に油をそそいでいるにも関らず、これまた勝手にお客様を「短気で難しいお客様」と評価してしまうことが多いのです。やれやれだぜ。


重ねて書きますが「お詫びをしない」、ということではないんですよ。
「何に謝っているのかはっきりした、心のこもった本当のお詫び」でなければ意味はないし、お客様に失礼だろうって言っているのです。


 「まずお詫び」なんて軽々しく言うの、やめませんか




追記:
ここらへんは カスタマーサービス勉強会カサス! で詳しく話をしたいと思っているので、いまいち納得感がない方や「え、じゃあどうすればいいの」って方は是非ご参加を(←宣伝)



期待が社員をダメにする

| コメント(0) | トラックバック(0)   期待が社員をダメにする

お客様により良いサービスを提供していくためには組織に属する人の幸せとパフォーマンス向上は、とってもとっても重要なことなので、365日24時間、週7日トゥエンティーフォーセブンお客様と組織のことばっか考えてるわけですが、最近また中間管理職な部下とミーティングしたり雑談したりしたので、その時に話したことを自分のためにもブログへまとめておきます。

このブログにはよくそういうエントリ書いてるけど、実際のところ僕は別に人材育成のエキスパートではないし、そもそも「育成」って言葉に違和感を感じてる人間だし、僕みたいな欠陥だらけのダメ人間の部下にされた人かわいそうって思ってるくらいなので、このエントリはあくまでも僕の経験則と勝手な思い込みによるもので自分なりこうじゃないかな、と考えていることを記したものであって正解が書かれているものではないです、多分。共感してくれる人がいれば嬉しいけど、反論されても嬉しいです(何だそりゃ)




■職務として求められているレベルにない社員とどう接するのが良いのか?

僕が中間管理職なひとから『職務として求められているレベルを超えられない部下どう扱えばいいのか』と聞かれて、まず考えるのは「その期待は適正か?」ということ。

よく勘違いしているなーっと思うのは(僕の観測範囲だけかな?)、「与えられた職務と、その人のレベルは合ってるもの」ということが前提になっている場合。

そりゃあ、マネージャーならマネージャーらしく、部長なら部長らしくあるべきだし、クリエイターならそれらしく高いスキルを持つべきってのは、正しいけども、それは落とし穴。

与えられた職務とスキルがマッチしている場合の方が珍しいんだよ。
(そうならない組織を作るべき、ってのは正しい答えだけど、このエントリでは「スキルと職務がマッチしていない時はどうする」というトピックを扱っているものなので、そこはツッコミ不要)


worker_skil_chart_01.jpg
「ソースは俺」的なアレで、僕の拙い経験から言いますと、そういう状況を整理してみると、上記のようになっていることが多い。

本人とは別のところで期待値の方が急角度で高まってしまっている状態。
期待をするのは良いんだけど勝手な期待だったりするパターンですね。

「僕からは何度も言ってるんだけど、ダメで」
みたいな発言が飛び出していくる場合は十中八九、こんな状況な気がするよ。

あ、これ、時間軸は例ですので、1年後に期待が高まりやすいという意味ではないですからね。
(このチャートに時間ラベルつけなきゃよかった、失敗・・・)






■失望→村社会化→バスから降ろそうとする

さらにダメなスパイラルに陥っていく例を。

worker_skil_chart_02.jpg

期待に応えてくれない部下を叱咤して、圧力をかけ続けると、大抵はこういう風になることが多いと思う。
(もちろん、万事がすべて、こうではないから例外は置いておいて)

ストレスによってクオリティが低下したり、叱咤によって一時的に回復したりすることを繰り返す。
(僕も部下にこういう思いをかけてしまったこともあるし、今でもそれなりにあると思うから反省するよ)

この例で言うと、2~3年目に期待値を下げてやっている(←偉そうなところがポイントだよw)のに、一度も期待に応えることはなく、むしろ成長するどころか退化している結果だったりする。

でも、それ、適正な期待値なのかね?

よくこのチャートを見ると、3年目になるまでは、一度も本人のスキルに見合っていない、勝手な期待が高まっていただけってことに気づけると思うんだけど、それに対してマネジメント側が『期待値を下げてやっているに、一度も期待に応えていない』って言うのは、傲慢どころの話ではなく、マネジメント放棄といえる。
(何度も書くけど、僕もそういうことやってましたし、今でも少なからずそういうことをしてしまうことがあるので自戒をこめて書いています)


で。

3.5年目に期待値のオレンジのラインがどどどどーーーーんっと急降下しているのは、どういう状態だかお分かりでしょうか?

マネジメント側が疲れちゃった状態です。
本人に叱咤しまくった結果、叱咤していた方が疲れてしまうというw

待するのを止めたことによって社員はストレスが軽減されて、元のパフォーマンスに戻るんじゃないかと別の期待が生まれますが、ハッキリいって、そんなことにはなる可能性は1割もないと思う、経験上。
「期待に応えられなかったやつを誰にでもできる軽作業にまわす」みたいな人事を是とする人もいますが、僕はこれやっちゃダメだと思うんだよな。だって疎まれる存在を作るだけだから。


こうなってくるとね、期待に応えられないことで心が折れてゾンビのようになった社員と、強く言い続けることに疲れてどうしていいかわからなくなったマネージャーとで腐臭と悲壮感が漂う職場になっていることが多いわけで。

この対象の社員がですね、まわりからも疎まれるようになってくるんですよ。
これ、もう最悪な状況なんだけど、人間の集団心理っつーんですか?あれ止まらんのですよ。

あの人はドン臭い人みたいなレッテルが貼られていて、悪く言わないまでも失笑されている存在になって、チームの村社会化が進むんですね。村社会化ってアレじゃないですか、村はずれに「ギリギリ村民として認められているけど、叩かれるのが社会的役割」みたいな人がいるわけですよ。それだけならまだしも(いや十分すぎるほど最悪だが)他の村民、いや社員同士のコミュニケーションまでもがタコツボ化していって、どんどんチーム全体のパフォーマンスが落ちていく。


そこでマネージャーが出す最後の手段が、「バスから降ろす」つまり辞めさせようとするということだったりしますが、こうなったらもう遅い。
その人の人格ではなくマネジメントが原因なのだから、ここでそのひと一人を辞めさせても、(一時的にはチーム全体のストレス源を小さくはできるけれども)何も解決はしないんだな。






■じゃあ、どうすればいいんだ?

最近どっかで(ツイッターだったかな)「気にはするけど期待はしない」って言葉を見かけて、これは良い言葉だなーっと感じたんだけど、まさに人材育成における心構えとしては、そういう感じでいくと宜しいんではないかと思っています。

まあ短期的には「ほんの少しのスキルアップ」を目指せるような環境を作っていくのが良いんではないかと。
(下のチャート、ちょっと思惑と違う感じになっちゃったけど、「気にはするけど期待しない」ってのをイメージしてくださいませませ)

worker_skil_chart_03.jpg
「過度な」期待は、悪い意味での軍隊式・特攻隊型のマネジメントになりがちだけど、「適切な」期待は、適切なマネジメントを生み出すよ。足りないスキルや足りない経験を具体化することができるから。





■長期投資をまるで投機のように勘違いしてないか?

「人材育成は長期投資だと思っています」とかクチでは言うのに、短期的なリターンを欲しがっちゃうのが問題なんだと思う。

いや、僕は別に「短期的なリターンを求めるのがダメだ。視野が狭い!」とか言いたいのではないです。
短期的なリターンを得て、それを次に投資して、小さな投資を繰り返さざるを得ないのは中小企業としては普通だから。
人材育成でもビジネスモデルとしても。

ビジネス的に長期的になんか考えてらんないビジネスを営む組織こそ、そうせざるを得ないレベルにあることを棚上げして、個々人の資質や能力に責任を突きつけていくのを止めて採用やコミュニケーションを工夫すべきでしょう。

努力より工夫って部下に突きつけるのならば、組織もそうあるべきだと思ひます。


誰をバスから降ろすか考えているような組織ではなく、行き先がマッチしないと感じる人が自分のバスを探せるような関係作りを。
そして、排除ではない意味で「誰をバスに乗せるか」だけを考えられる組織を作りたいものですなあ。。。








「お客様は神様ではない」って奴、ちょっと来い

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すみませんすみません、タイトルは釣りっていうか何っていうか、えーと、2ちゃんねる風のタイトルをつけてみたかっただけなんです、すみません、だが反省はしていない(キリッ



ツイッターとかブログとか(僕の観測範囲でだけど)ネット上で「お客様は神様ではないから」とか「日本って客が偉すぎるんじゃね」みたいな言葉をよく見かけるようになった気がする。

まあ、そういった主張自体は、理解できなくはないんだけど、「売り手とお客様の関係はそれでいいのか?」というモヤモヤが僕の中にあって、そういった「客は神ではない」という言葉を見かけるたびに違和感をつのらせていたのです。もやもやもや。


んで、いきなり話はズレるのですが、先日でたばっかの「もやしもん」の9巻を買ったんですよ。もやしもん。

もやしもんは農業とか醗酵をテーマにしたマンガなんだけど、そこで農業と消費者の関係について語られているシーンがあるのです。
某農大教授である樹先生の売り手と消費者の関係性の講釈は、鳥肌もんだから、みんな読んだ方がいいよ!
お客様をは大切だけれど、神様扱いするだけではダメだという、一見して矛盾したことをきれいに説明している。



売る側はヤな奴には売らなきゃいい
農家は別に社会奉仕活動してる訳じゃないんだ

「ヤな奴には売らなきゃいい」っていう言い方は、ちょっと誤解を生みそうだけど、通して読むと真意がわかる。

だからこそ消費者が大事なんだよ
(略)
さっきとは逆にこんな奴にいっせんも払いたくねェって買う側だって言えるように消費者と売り手は互いに学び 知りチェックし合い 支え合う のが正しい関係なんだと思うよ

傲慢な売り手から買ってくれるお客様なんていない(こんな奴にいっせんも払いたくねェって買う側だって言える)のだから、お客様のことをちゃんと考えて「この人から買いたい」とか「これだからこそ買いたいもの」って言ってもらえるような努力をしなくてはならないってことで、そしてお客様の言いなりになることではなく「理解してもらえる」ようなアプローチでなくては、その関係性にまで行き着くことはない


んで、樹教授のセリフで一番好きなのは、これ。

売る側は本気で「客は神様」と思っているよ。

YES!YES!!
そうです。そうなんですよ。どんなに「お客様は神様ではないから」とか「日本では客が偉すぎる」みたいな言葉をよく見かけるようになっても、少なくとも僕は(神様という表現はともかく)お客様のことを敬う気持ちを持ち続けるよ。


そして、このセリフはこういう続きがある。


売る立場は本気で「客は神様」と思っているよ。

しかし、買う側に回るとそれを真に受けて神なら何を要求してもよいと思う者もいる。自分が神でなくモンスターになっている事に気付かずに

僕は、樹先生の言葉を『お客様をモンスターにするのも神様にするのも売り手次第』と解釈したね。

だってさあ、売り手が「客はモンスター」と声を大にして叫んで、お客様を責めても関係性は改善されないし。


このエントリで言いたいことは、↑で書いた2行だけ。

(あ、お客様は神様ではないがモンスターでもないっていう大人な方は、僕との言葉選び方の違いだけだと思うので、まあスルーしてくださいな)


このブログでは何度か書いていることだけれど、お客様と売り手の関係性は「神様の奴隷」ではない。
そして、売り手がお客様を「モンスター」なんて呼ぶことがないようにしなくてはならない。
僕はそれを売り手起点で変えられることだと思っているんだよね(これ大事)




スラムダンクの安西先生が、人生の師と思ってたけど、樹教授も加えよう、うん。













お客様って「売りにきてる人」のこと嫌いじゃないよ

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久々のブログエントリ。

最近、ブログとかTwitterで「企業は"売り"の気配を出さずに親切・丁寧・おもてなしの姿勢で」的な論調が、もてはやされているような気がして、ちょっとこれは一言書いておくかと久々に筆をとった(ブログを書いた)フジイです。こんにちは。



僕はTwitterで(ほそぼそですが)企業アカウントの中の人をやっていたりするのですが、フォロワーの方から求められているものは『お得な情報』なんだなあと日々感じています。

情報ってのはセールとか、限定品とか、そういう情報であって、今日どんなことがあったかとか、ランチすき家なうとかそういうことではないわけですよ。

いや、べつに企業アカウントで担当者の食う物をつぶやくなって言ってるわけじゃないです。
わかっていて、やっているのであれば、別に問題ないと思いますし、メリットもそれなりにあると思うので。

誤解を恐れずにいえば、お客様の求めている情報が"おそれいりこだし"だと勘違いしている人が多いんじゃないかってことですよ。

※「おそれいりこだし」ってのは加ト吉アカウントの人がよく使うジョークです。これを面白いと感じる人が多いのは間違いないから批判じゃないよ。




・・・興奮しすぎて言いたいことと話がズレました(いつものことだけれど)




僕が、このエントリで書きたいことは「お客様との関係性を勘違いすんな」ってこと。
十数年と小売を(実店舗もECもね)やっている僕の持論ですが、お客様って「売りにきてる人」のこと嫌いじゃないと思うんですよね。

店頭で接客の声がけするにしたって、ブログやTwitterで情報配信するにしたって、それは一緒だと思っています。

僕の経験上、「セールの情報を受け取りたい」とか「郵送でチラシ送ってくれないの」というお客様は多いです。
そう思っていない人にセール情報を送りつけたらスパムでしかないけれど、セール情報が欲しいと思っている人は物凄く沢山いるってことを忘れてる人が多いように思うんですよね。

それなのに、販売のための情報を出さないのが正しいやり方だと思っている人ってなんなの?


実店舗でも同じ。
商品をお探しのお客様にお声がけをするタイミングや会話が下手くそなだけなのに「お客様は声をかけられるのが嫌い」と決め付けてしまったり(お声がけをやめて売上げダウンする店の多いこと!)
お声がけをやめたらお客様が自分たちを好きになってくれるかもしれないなんて、自分たちのレベルの低さを棚上げした小賢しい勘違いをしちゃうんだな。


お客様って "ちゃんと空気を読めていれば" モノを売りに来ている人のことを嫌いになったりしないよ。
空気が読めていない人が嫌いなだけです><


「売りに来ていない」≒「空気読めてる」 と勘違いしている人は、お客様のこと怖がり過ぎだよ。
ビビる必要なんてないんだぜ(大切にすることは必要だけど、それは過剰に恐れることではないよ)

そんな、ABCマートとかでバイトするだけでわかるようなことを勘違いしちゃうような人が、モノの売り方とか、顧客とのコミュニケーションとかを語っているのを見ると、なんだかなあと思うわけですよね。











販管費の使い方。 「投資」と「清算」

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いや、別に当たり前のことなんですけども、メモ的に書きます。


経年変化で汚れた店舗の外壁を塗り替えるとか、エアコンの入れ替えとか。
これは売上げが上がるだろうか?


もちろん、外観の問題で車からの視認性が落ちているとか、そういう場合は別だけども、僕は売上げに影響しないと思う。


でも、そういう場合でも販管費として(科目は場合によるだろうけど)金を使わないといけない。
僕はこれを「過去の清算」だと思うことにしているんだけど、たまに「投資」と勘違いする人がいるわけだ。


「これだけ金を使ってキレイにしたんだから、売上げが上がるだろう」みたいな。


もうね、アホかと、バカかと(古い)
金を使ったら売上げ上がるって何じゃそりゃちゅう話だよ。

でも、意外と、そういう人けっこういるんだよなあ。。。



「投資」と「清算」
僕も、経費使う時は、落ち着いて考えないと。

いや、本当に当たり前のことなんですけども。














ホスピタリティで売上は伸びません。それでも・・・

| コメント(2) | トラックバック(1)   ホスピタリティで売上は伸びません。それでも・・・

今日のランチはコンビニでパスタを買いました。
僕はコンビニのパスタは箸で食べたいのですが、オフィスに戻ってから「お箸ください」と言うのを忘れていたことに気づきました。

そのコンビニは、パスタを買った時に「お箸とフォークどちらにしますか?」と訊いてくれる気の効く店員さんと、何も訊かずにフォークを袋に入れる普通の店員さんがいます。




さて。
もしも、このコンビニで働く人が、全員「気の利く店員さん」だったら売上は伸びるでしょうか。


僕は伸びないと思います。
僕が十数年、小売の店舗管理やサービス開発をしている経験上、売上げは伸びません。


あ、これは、比較対象が「普通レベルの店員さん」であるからで、「二度と利用したくなくなる最悪な店員さん」が比較対象だと話は少し変わりますけども。



このエントリのタイトルでも書いていますが、(特に小売は)ホスピタリティで売上げは伸びません
リッツカールトンの本を読み漁り、ザッポス(本を読んだのでザッポスについては近々、エントリを書くつもり)についても色々と思うところのある僕ですが、あれらの企業はホスピタリティが評判になったのではなく、サプライズ(WOWだっけ?)が評判になっているんだと思う。


あ、誤解されるといけないから(されてもいいけど)書くけど、僕は立場的にもホスピタリティを社員に伝えていく立場にあるし、そんじょそこらのサービスマンよりもホスピタリティ・マインドを持っている自信とプライドがある。
そして何より数々のお客様に喜んでいただいた経験がある。


それでも、あえて言おう。
ホスピタリィで売上は上がらない、と。



(あ、実はここからが本題ね)

何でこんなこと書くかっていうと、これは世の中の店長さんとか、店舗管理の人とか、社長さんとかに向けて書いているのです。


リッツカールトンだったかどこだったか、うろ覚えなんだけど、そんな感じの有名なセミナーで、ホスピタリティの偉い人が言ってましたよ。

『ホスピタリティはあくまでお客様に対しての敬意であって、商売じゃないんです。
ホスピタリティで売上げを上げようと思ったら、社員は地獄をみますよ。』

すっげーウロ覚えなもんで、まったく正確ではないんだけども、意味としてはこんな感じのことを言っていた。

僕も超絶同意です。これ、本当に本当。


ホスピタリィでは売上げは上がらない・・・それでも
「それでも、我々はお客様に敬意を払いたいし、とことん大事にしたい」という組織だけが、本当のホスピタリィを持つことができるんだと思うな。















付加価値のある組織にしたいものです。

| コメント(0) | トラックバック(0)   付加価値のある組織にしたいものです。

去年Twitterでつぶやいたことをブログにも書く。

別に僕は経営者ではないけれど、自由度が高い(そのぶん責任もあるけど)ポジションをやらせていただいている。
部下の採用とかも割と自由だし、組織作りの方向性とかも(こっちは全てが自由ではないけど、おおむね)僕の思うようにやらせてもらってる。


そこでいつも思うのが、
やりがい、楽しさ、働きやすさ、居心地の良さといった、給料にプラスした「付加価値」のある組織にしたいってこと

付加価値をつけることができないから給与を上げるっていう戦略もありだけどwww
どっちかってーと、付加価値のある組織のが社員の生産性高いと思うんだよね。

付加価値がある組織は、価値観を共有しやすい(付加価値に価値を見いだして価値観を共有できる人が残りやすい)から、スピード感が上がるよね。


付加価値がない組織だと生産性を上げにくいように思う(あ、ここでは給料の多寡は別の話ね)
そして、当然、生産性の低い組織では、社員に金を還元しにくい。



意外とここを軽視している組織って多いように思うんだよなあ・・・




・・・ってTwitterでボソボソ言ってたら、僕が「仕事のできる男」として密かにリスペクトしている片山さんが「隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密という本にそんな感じのことが書いてありますよ」って紹介してくれた。感謝!
まあ、まだ買ってすらいないんですけどね(ぉぃ





「カリスマ的リーダー」と「和気藹々としたチーム」という幻想。

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とあるリーダー向けの研修を受けた時のこと。

その研修自体は非常にためになる内容だったのですが、参加者の何人かが「リーダーに必要なものはカリスマ性」というような発言をしていた。

そりゃあ、カリスマ性なんて、あるに越したことはないけれど、それがないとリーダーがやれないなんて幻想なんだけどなあ。

少なくとも仕事の上では、必要ない。
上司と部下なんて、別に上司が人間的に偉いわけじゃなくて、お互い役割を受け持っているだけなんだから、それを理解して、ちゃんと役割を果せば特別なカリスマじゃなくても、ちゃんとリーダーになるんだけどなあ。

それを勘違いして、カリスマ的リーダーになりたいという欲求を抱えてリーダー業をやっちゃうとね、もう大変なんだよね。
どうしてもチームのメンバーからの人望が欲しければ、格好つけるのを止めて、メンバーと目標を共有して誠実な仕事をしていくしかないんだけど、自分の人望の無さにイライラしてダークサイドに落ちてる人は、それに気づかないんだよねぇ。。。

そんなに立派な人じゃなくても、落ち着いてこなせばリーダー業はやれるんだけどね。




あと、勘違いしやすいのは、「和気藹々としたチーム」が良いチームだと思っちゃうこと。
チームの問題を「飲ミ二ケーション」で解決しようとするタイプの人に多い勘違いwww

本当に良いチームは、やるべき業務や達成すべき目標を共有できているチーム。
仲良しチームって、決して良いチーム・勝てるチームじゃないんだよねぇ。

多分、この手の勘違いをしちゃうリーダーが目指しているチームって、「ツーと言えばカー」的な、「目と目で通じ合う」的なアレなんだけれども、そんなこと友達なれそうな人だけでメンバーをそろえた時しかできるわけないじゃん。

そんなアホなこと言っているヒマがあったら、やるべき業務や達成すべき目標を共有できているチームを作ればいいんだよ。友達にはなれないかもしれないけれど、「こいつの仕事は信頼できる」っていうような感じで、友人とは違う形での信頼関係を築けるんだけどなあ。




普段から中間管理職の人に言っていることなんだけども、自分へのリマインドを兼ねて書いてみましたです。はい。
なんか最近、組織についてばっかり書いてるから、そろそろ方向転換したいなあ。


妄想だけれど「しなやかさを持てる文化の組織」を作りたい

| コメント(2) | トラックバック(0)   妄想だけれど「しなやかさを持てる文化の組織」を作りたい

徒然雑文。

前にも同じようなことを書いたのだけれど、最近は「素直さ」の貴重さ・重要さを痛感しています。


最近は色々な人にこの話をしているんだけれど、すると10人中10人が『しなやかさって大事だよね』って言う。

でも、実際には残念ながら、会議手法・販売方法・勉強方法、なんでもいいんだけど、捻りを加えないで『まずは、良い方法を"そのまま"半年やってみる』みたいなことができる人は、あまりいない。


僕自身が頑固なタイプだから、なかなか自分もできていないんだけれどね。


最近は、こういった良い素直さ(しなやかさ)を持っている人というのは宝石みたいに貴重な能力だなあと感じるようになってきた。

斬れ味も大事なんだけれど、「斬れている人」は探せば結構いる。
でも、「しなやかな人」って少ない。本当に凄い貴重な能力だと思う。


ちなみに、従属したり、YESマンになるのとは、ぜんぜん違う。
ちゃんと自分で本質的な良さを「深く理解して受け入れる」ってことね。

文字にすると当たり前のことなのに、これが本当に難しい。

しなやか「っぽい」人なら結構いるんだけどねぇ。
腹の中では、素直に受け止めてないのに表面的に素直な感じの人とか。
ここで僕が言ってるのは、そーゆーのじゃない、本当の素直さのこと。



  ・自分とは違う考え方やフレームワーク、文化を素直に受け入れられる
  ・従属するのではなく、自分の頭で受け入れるべきものかどうか判断ができる
  ・物事の良し悪しを本質的に捉えることができる
  ・受け入れたことを信じて、実行する力を持つ



僕は、そういった「しなやかさ・素直さ」を持てるかどうかっていうのは、組織の文化や環境によって大きく左右されると思っていて、自分の組織に関ってくれる人たちが「しなやかさを持てる文化の組織」を作りたいと思っているんだよね。
あくまで僕の妄想にちかい願望みたいなものなのだけどさ。

ついつい、斬れ味やパワーがあるアタッカータイプの人ばかりの組織を目指しがちだけれど、しなやかな人たちが集まった組織が最強だと思うよ。





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フジイユウジ(1976年生まれ、横浜在住)が書いております。
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